章 XXIX · 読了約 1 分

ツェレム・エロキムとメタトロン的な人間

より深い明け渡しを要する能力

トーラーハシドゥート総合

人は בצלם אלקים に造られた。

エロキムの像にかたどって。

像は似る。

像は同一ではない。

この区別のうちに、あらゆる人間的聖性の可能性が含まれている。

人が神でないからこそ、人は神と関わりうる。

人が真に被造の他者性を持つからこそ、契約が可能になる。

愛は区別を要する。

奉仕は区別を要する。

祈りは区別を要する。

ゆえにビトゥールの逆説は、他者性の廃棄ではない。

それは、もはや自らを独立とは思わない他者性である。

メタトロンはこのことの極端な神秘的定式化である。

名は彼の内にある。

区別は残る。

名がより完全に顕わされるほど、区別はいっそう本質的になる。

これは人間に、自律的な自己崇拝でも神秘的な溶解でもない未来を与える。

目標はこうではない——

私はすべてである。

またこうでもない——

私は無である。

より深い言明はこうである——

私は受け取られている。

私が在るのは、ハシェムが私を望まれるからである。

私の個別性が現実であるのは、彼がそれに現実性を与えるからである。

私の務めは器を消すことではない。

私の務めは器を真実にすることである。