章 IX · 読了約 2 分

アヘルと偽りの上昇

真正な知覚、破局的な形而上学

ゲマラ総合

ハギガーのゲマラが、必要な影を与える。

エリシャ・ベン・アヴヤがパルデスに入る。

彼は座しているメタトロンに出会う。

そして破局的な結論を引き出す——

おそらく二つの権威があるのだ。

שתי רשויות.

原文

この誤りが壊滅的なのは、それが真正な知覚から生じているからである。

アヘルが躓くのは、必ずしも何も見なかったからではない。

見たものを誤った構造を通して解釈したから躓くのである。

これは、神秘的な生のすべてにおいて最も重要な警告のひとつである。

人は現実のものに出会い、それを誤って理解しうる。

強度は無謬性ではない。

幻視はイフードではない。

霊的な経験は、経験する者をトーラーの形而上学的境界から免除しない。

ゆえにこの物語のなかでメタトロンは罰を受け、その象徴は紛れようもなくなる。

天の僕そのものが、彼を第二の主権へ変える可能性を破壊するために用いられるのである。

玉座は自らを戴冠しえない。

受け手は内へ向き直り、自らの受容能力を礼拝することはできない。

使者は、自らを通り過ぎる音信に酔うことはできない。

そうした瞬間に、上昇はトーフーとなる。

これは古代の天使論についての警告にとどまらない。

これは永遠の心理の法則である。

神秘的意識は人を開く。

その人は型を感じ取る。

尋常でない結びつきを経験する。

祈りは深まる。

考えが力をもって到来する。

摂理が生き生きとしてくる。

内と外の通常の境界が、薄くなったように見えることがある。

まさにこの地点で、最大の守りは霊性を減らすことではない。

それはビトゥールである。

ビトゥールがなければ、受け手は啓示を自らの宇宙的中心性の証拠として消費しはじめる。

賜物が内へ向き直る。

玉座が自らを戴冠する。

鏡が、映った光に恋をする。

これが、個々の魂のうちに再び現れるアヘルの誤りである。

訂正された応答はメタトロン自身である。

名を担え。

決して名を主張するな。